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◆大きな栗の木の下で◆


「村の外れの栗の木には

決して近寄ってはいけないよ」



婆さま達はそんなことを言うけど、

この村に住む子供だったら

一度はあそこで遊んでみたいと思うに違いないわ。


リサはそう思う。


だって。

あの栗の木は、とても大きくて立派で、

それに、すごく優しそうなんだもの。


毎日、日が暮れるとき

お日様はあの栗の木のてっぺんにかかって

それはそれは美しいんだもの。


あの栗の木に住んでる妖精が子供を食べちゃうなんて

全然信じられないわよね。


リサはそう呟くと

同意を求めるように、膝に抱いている猫のサラを見た。


もちろん猫に人の言葉が判るわけもないから、

サラは眠そうにあくびを一つしただけだった。


しかしまだ幼いリサは、それで満足したとでも言うかのようににっこり笑うと、

もう一度視線を栗の木に戻した。


ちょうど今、お日様は栗の木の向こうへと沈もうとしている。


村中が見渡せる小高い丘の上にいるリサには、

小さなリサの村全体が

鮮やかな赤紫に染められている様子が見て取れる。


リサはこの瞬間が大好きだった。


この時間、母親は晩御飯の支度で忙しいし

父親もまだまだ帰ってこないから

リサは毎日、真っ暗になるまでここから村の様子を眺めている。


本当なら栗の木の下まで行って

栗の木の枝に登って村中を眺めることができたらどんなに素敵だろう


と、いつもリサは思うのだが

小さい子供にそこまで行動の自由は許されていなかったし

どちらにしろ栗の木まで行くには

村の外れにある小さな森を抜けていかなければならないのだ。


その森は小さいけれども鬱蒼としたたくさんの木々に覆われているため

大人であっても、めったに足を踏み入れる村人はいない。


リサにしても、別段森を怖いとは思わないのだが

森の中を自分が迷わずに、うまく栗の木まで行って帰って来れるとは思えないので

しぶしぶ開けた丘の上から栗の木を眺めることで、自分を慰めている。



小さな小さなこの村には

リサの遊び相手になるような年頃の子供がいなかったし、

リサも一人でぼ〜っとしていられるこの時間が大好きだったから

それはそれで楽しい時間ではあったのだが。




でもたまに、一人ぼっちが寂しくなるときもある。



そんなときは猫のサラを連れて来て、

彼女に話しかけることで寂しさを紛らわせるのが常だった。



今日もそんないつも通りの一日だったし

もちろん明日からもそうなるはずだった。













次の日の朝。

リサは小鳥の声でふっと目を覚ました。

壁にかかっている時計を見ると、まだ朝の6時だ。


もう一度寝ようかどうか迷ったけれど

なぜだか目がパッチリと冴えてしまって眠れない。


しょうがないからリサはベッドから抜け出し

大きく一つ伸びをした。


リサの部屋の窓からは、あの栗の木がよく見える。

夏がそこまで来ているこの季節、太陽はもう顔を出しているから

今日の爽快な青空と相まって

栗の木がいつも以上に立派に見える。


下の階から漂ってくるリサの母親お得意のスープの匂いがリサの腹の虫を誘惑している。


くぅ〜っ…

リサのお腹が小さく鳴った。


強烈な空腹を感じて、リサは急いでパジャマから着替えた。

そのまま階段を駆け下りて顔を洗うと、

食堂に飛び込んで母親に抱きついた。

「おはようっ、母さん!」


めずらしく早起きな娘に驚きながらもスープを混ぜる手をやすめずに、

「おはよう。リサ。今日は珍しく早いんだね。

そんなにお腹が減ったのかい?」

と、からかい口調で尋ねる母親に対して

リサは頬をふくらますことで抗議した。


「違うもん!なぜだか知らないけど、今日は早くに目が覚めちゃっただけよっ」


「そうかい、そうかい」

脹れる娘を適当にあしらいながら

母親はできたてのスープをリサのお椀によそってやった。




大好物のスープを飲みながら

リサは、今日はどこへ行こうかしら…と考えていた。


そんなとき、母親がリサに声をかけた。


「リサ、悪いけどバケットさんの所まで野菜を届けてくれないかい?」


バケットさんは村外れにある森のふもとに一人で暮らしているおばあさんで、

リサの数少ない仲良しの一人だ。


バケットさんの家に行くといつも面白い話が聞けるから、

リサはいつも喜んでバケットさんのところまでお使いにでかける。

今日もリサはウキウキとうなずいた。


「もちろんよ!任せといて!」







その日のお昼前、

リサは母親に頼まれた野菜の袋と猫のサラを従えて

バケットさんの家まででかけた。


「おばあちゃん!野菜持って来たよ〜」


傾きかけた家の玄関から中に向かって声を張り上げるが、

住人であるはずのバケットさんからの返事はない。


「あれ〜?買い物にでも行ったのかな…」


野菜の袋に興味津々のサラに話かけながら、

リサは周囲を見渡した。




……と、その時。


バケットさんの家の庭の方から、

がさがさっ…

と人の歩く音が聞こえた。



なんだ、おばあちゃん、あっちに居たんだ。


と思い、リサは音のした方向へと駆け出した。


庭へ回ってみると、確かにリサよりちょっと背が高いぐらいのバケットさんと

おなじぐらいの背丈の人物が、庭の奥にある森を進んでいく。


この森に出入りする人間は非常に少ないのだが、

村の薬師として村人から頼られているバケットさんに関しては

それは当てはまらなかった。


彼女は治療に使う薬草を取りに、しばしば森の中を散策していたのだ。


それを知っていたから、

リサもその人影をバケットさんだと疑いもせず

急いで後をついていった。




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